[Diary 136]

 



Diary 


                                 
                                                     

                                                       VOL.137

 2007年 6月 ダイジェスト  (9月13日)                 Part 5
 高知へと向かう夜のフェリーで、出発前に伝えてもらったメッセージを柾至に話していた。彼と気持ちが通じるのも、目に見える以上の強い繋がりがあるからでしょうね。日本に帰った時もそうだったけど、一人ではなく、支えがあることに感謝している。

 石手寺の三重塔やマントラ洞窟で、八十八ヶ所参りをさせてもらっている時には、二人で父の為に祈っていた。
 洞窟で「暗闇の中にも、煌く光を・・・」と感じたことは、今まさにしようとしていることだった。鶴を折るときには、1枚は父の名前を書いて、心を込めて折っていた。最後に鐘を打つ時も、祈りを込めた。
 バスで移動するときには、昨日と同じ「444」のメッセージ。・・・ありがとうございます☆

 充実したSTSセミナーと、高知の町を楽しんだ翌日は、まず室戸岬へ。その時に、運転手さんから、石手寺が八十八ヶ所参りの原点であるという話を聞いて、これは父のための巡礼でもあったことがわかった。

 室戸岬には、お大師さまと金星の存在たちに導かれて来ていた。お大師さまが目覚めたように、眠っている力をこれからも開いていけるように・・・。

 24番札所「最御崎寺(ほつみさきじ)」で参拝して、竹林寺へ。ここで父の守り本尊が、大日如来さまの一部であり、金星でもある「虚空蔵菩薩さま」だと知り、最御崎寺にお参りした意味がわかることに。父のことも見守って頂いているのだと感じ、心から感謝していた。・・・そして、この日は道真公生誕の日でもありました。

 そうして多くの存在たちに見守られながら、最後には龍馬たちの導きで、新しい扉もくぐり抜けることになり、今のこの時期だからこそ、行く意味があったのだとわかったのでした。(詳しいレポートは、2007年 夏至編へ)
 
 この翌日、病院へ行くと、酸素マスクも外していた。顔色も良くなって、声を出していた。この二日間も、症状は落ち着いていたそうだ。(パチパチ) 竹林寺で買った、虚空蔵菩薩さまの腕輪を付けてあげた。(これなら邪魔にはならないよね。^^) 
 しばらく、足と手を軽くマッサージしていると、ドクターが来た。症状が落ちついて来ているから、そろそろ病院を移ることを考えたほうが良いとのこと。それと、今まで点滴だけだったけれど、鼻から入れる流動食も始める予定とのことだった。まだ入院して、一週間ぐらいだったので驚いた。転院なんて、まだまだ先のことだと思っていたから。

 その数日後に、またYさんに会うことになった。
 「流動食になったのは、良くなってきたからで、重症だったにしては早い。普通は、点滴の期間が長くて、栄養が行き渡らなくて痩せてしまう。
 転院の話が出たのも、状態が落ち着いているからで、次の段階が来ているということ。」

 「人は、トラブルやいろいろなことが起こることで、処理しようとしている。そうして魂が急速に進化しようとしている。それが出来るのは、生きている時だけ。それも前世での行いだけによるものではない。
 裕福で何の不自由もなく、人生を終わった人の魂は成長していない。その人生は、休んでいたことになる。・・・」

 これで理解出来たことがあった。子供の頃は、違う家庭に生まれたかったと思ったこともあった。それが後で、自分で選んできたことがわかり、よほどカルマを溜めていたに違いないと思っていた。
 だから6年程前に、大天使のチャネリングをする人から、「あなたのこの世での修行は、もう終わっていると言ってますよ。」と伝えられても、自分の中ではまだ納得が行かなかった。その時の私には、両親のことも含めて、まだまだクリアにしないといけないことがたくさんあると思っていたから。
 去年Kさんからは、「あなたには、もうカルマは残っていませんよ。」と言われ、それまで起こった様々な出来事は、あなたが周りの人の壁(盾)となって、請け負っていただけだと。

 「前世での行いやカルマを解消するために、自分のしたことと同じことが起こっている。」

 それがこの世での法則であり、何度も生まれ変わりながら、魂を浄化していくことが、この世に生まれた目的になっているけれど、まだその先があったのです。
 カルマを終えた人は、次に徳を積む道へと入る。使命を果たし終えたら、次に天命が与えられる。
 その使命も、外に出て働くことだけではない。未来を担う子供の生命を育てること、役割を果たしている家族を支えること・・・。そうして、目の前に与えられていることに、心を尽くして行くと、それが使命に繋がり、やがては天命となる時が来る。
 天命は、個人レベルを超えたものではあるけれど、最初から天命を持って、この世に降りている人もいる。・・・ 確かに、私の周りにも、そう思える人がいる。自分個人のためではなく、私たち人類や地球のために生命を捧げている人たちが。 特に、今のこの時代には、たくさん降りてきているという。
 その天命も、ある時期がくるまで隠されている。(記憶を消されている) そして、その時が来たら、必ず気づかされるということ。天命は、自分で自覚する前に、他者や何らかの媒体を通して伝えられるというのは、その意味からなのでしょう。気づかなければ、何度でも繰り返し来る。真に目覚めるまで・・・。

 毎朝、読んでいる「十二の菩提心」が一つ浮かんできた。

 観音の心・・・「観音」のごとき慈悲の心を育みます。人々の苦しみを引き受け、その仏性を守るために。

 そう、観音さまの心だった。父も、そうだったのかもしれない。母の犠牲になったのではなく、魂の成長のために、今生では徳を積ませてもらったのだと。私も、その心で歩めば良いのだ。そのために、この環境を選んで来ていたのだと・・・。
 そしてもう一つは、こうした様々な経験をすることによって、同じ思いをしている人たちや、それぞれの立場を理解し、共感することが出来るようになるために。それも経験しないと、深い部分では理解出来ないことだったし、テクニックだけでは、深い癒しや真の目覚めをもたらすことは出来ないから。

 ある時期から、次々にいろいろな人が現れては伝えてくれていた。(リーディングにて) それでもまだ自覚が足りず、行動が伴っていなかった。・・・よほど鈍いというか、時間が掛かっているというか。(^^; 
 後悔しても仕方ないので、今からは喜んでさせてもらおう。それが自分で選んだことであり、与えてもらったことなのだから。

 しばらく前から、「本当のあなたが現れてくる」というメッセージが、何度か続けて出ていた。それがこのことだったのだと、ようやくわかったのでした。

 6月30日 
 太宰府天満宮で大祓い式に参加して、父の分も一緒にお祓い。(何でもやれることは、やっておきます。^^) ブルームーンの美しい光に包まれて、感謝の誕生日を迎えることが出来ました。(ブログにて)