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聖なる旅 



 黄金の龍宮 編

2010.11.19〜11.22

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 11月21日(前編)
 今朝も、ゆっくり朝食を楽しんでからチェックアウト。昨日に続いて、朝から快晴。時間になって、Seikoさんが迎えに来てくれた。・・・ そう、昨日セミナーで会って、急遽この二日間同行することになったのだ。

 仙台行きが決まった後、翌日はどこか周辺を回ろうという話になっていた。前回訪れた場所以外にも、宮城には興味深い場所がたくさんあるようだった。でも、その中で浮かんできたのは、またしても金華山だった。

 5月のハイライト(黄金ウィーク)のとき、短い訪問だったけれど、温かく迎え入れて下さったのを感じていた。それはこの後に訪れるためのご挨拶になっていたことを感じ、一年後の大祭の頃に戻って来ることを考えていた。だから、今回は別のところを・・・と思ったにも関わらず、私の中では強く伝わってくるものがあった。

 それは、10月の長野へ出発する前日(10月2日)のことだった。(長野 2010編) その翌朝、ふみさんと空港で話していたとき、妙見神社に金華山の大黒天さまが来ていたことを知った。(!) 妙見メンバーの一人が訪れたときに、そのまま連れて来てしまったそうだ。その話を聞いたとき、前日の夜に来た金華山からのメッセージは、そのことだったのだとわかったのです。
 10月1日の「天の月」が明けた日、妙見に向かうときから、龍神さまに鳳凰、神々の姿と、只事ではない空の動きになっていた。(Diary 208にて) その時に、金華山からの使者として、大黒天さまも来ていたのですね。
 5月にご挨拶したときの大黒天さまの姿は、良く憶えていた。金色に光る目で、とても力強く勢いがあったから。(龍宮城編 Page 3) ・・・ そういえば、その前日の夕食の時から、サインは見せてくれていた。それも、この時のためだったのかも。(^^)

 そんなことが次々にフラッシュバックしてきて、今回も行くべきなのだと確信した。そうして長野の旅から帰って、仙台の手配をして、黄金山神社の予約を入れておいた。 ふみさんは来れなかったので、福岡からは山田さん、そして秋田のともちんとの三人に。・・・ ところが直前になって、山田さんに別の予定が入り、金華山には行けないことになった。それがわかったのが、出発の前日の夜だった。(!)

 それでも、金華山に行くことになっているのは間違いないと思っていた。ただ山田さんの運転で、レンタカーを借りて行くことにしていたので、別の方法を考えないといけなかった。でも出発日は朝から忙しく、調べる時間もないままに、家を出ることになった、その間に、ともちんに連絡して調べてもらって、大体のことはわかった。 場所が場所だけに、公共の交通機関だけで行こうとすると、船の時間や電車の時間を合わせるのが難しいところもあった。 昨日の朝も、ホテルから電話で尋ねたりして、何とか方法は見つけたものの、後は流れに任せることにした。これまでのように、呼ばれているのなら、必ず何らかの用意がされていることを信じて。
 そんな状況の中、会場でSeikoさんに会い、互いにシンクロすることが次々に出てきたことから、すぐに意気投合して決まったのだった。もう最初からプランされていたとしか思えないように。・・・・・・

 ともちんをピックアップして出発。金華山に入る前に、もう一箇所行くところが出て来ていた。それが、太白山。太白山のことは、和龍のZさんから聞いていたものの、この時点ではピラミッドになっていることぐらいで、具体的にどんな場所なのかは知らないでいた。
 それで空港に着いたとき、Zさんにメールを送って尋ねていたのだった。そうしてわかったのは、太い白山は、くくり姫(菊理姫)を意味していること、神道系の始まりである蔵王王朝のシンボル的な象徴として、人工的に作られたのが太白山・・・ということだった。

 その他に調べてわかったのは、かつて烏兎(ウト)ヶ森と当て字されたのも、烏は太陽を、兎はを意味するように、天地自然を支配する神の住む山と見なされていたことや、天狗が住み着いていたといわれること、熊野三山との結びつきの深い天台系(本山派)の山であることなど・・・・。
 何より響いたのは、太白星とは「金星」を意味し、太白山は金星が落ちて出来た山で、金星の光が降りていると言われていたこと。(!) そして、鞍馬山と繋がっているということも・・・。(!)

 今の私には、それだけで充分だった。ここも、車でないと行きにくい場所になっていた。ナビを頼りに、市内から40分ほど走ったところで、正面に見えてきた。こんもりと丸味を帯びたピラミッド型で、色づいた紅葉がまだ残っていた。その姿から、この山は女性性エネルギーに満ちた、女神系の山なのだと感じた。

 まず、麓にある自然観察センターへ。森の中のもみじも、鮮やか。ここで、登り口はもっと上にあることを聞き、再び車で向かうことに。

   

 途中で少し回り道はしたものの、山道をぐんぐん昇って到着。生出森八幡神社の鳥居から、入るようになっている。

   

 しばらくすると、狛犬ちゃんも出てきた。その雰囲気が、どことなく元伊勢と呼ばれている伊野天照皇大神宮と似ていると思った。・・・ そして思い出した。その近くには菊理姫の白山神社があったことを。(Diary177・・・そのレポートには、ピラミッドのことも書いていた。^^)

   

 頂上には貴船神社があり、その途中には弁慶石などの巨石もあるという。登山道としても人気があるようで、次々に登ってくる人たちがいた。それもあったのか、中腹まで来たところで足がピタッと止まった。昨日、青葉神社でお話しているとき、山田さんから「和龍」の紙を渡されていた。それを三人で分けて、しばらく祈りの瞑想をしてから光を入れて、それぞれが思う場所へ祀ることにした。その新しい方法も、昨日教えてもらっていた。

 終えてから、その目的のために来たのを感じた。だから、人が集まっている頂上ではなく、山の中腹がベストだったことも。木々の間からは、光が注がれていた。  金星からの光と、シリウスの女神であり、 瀬織津姫さまの母神である菊理姫さまからの光。
 「結びの力を宿し、二つに離れているものを再び一つに結ぶ。」 「この結びの力は、大宇宙に満ちた純粋な愛の光」 その光を、再び繋いでいく・・・・。

   

 高速に乗る前にコンビニへ寄ろうとしたところで、向かいに「九頭龍」という名の看板が飛び込んできた。(うふふ) ・・・ 九頭龍権現さまは、ある時にあるところを通して、神縁を繋いで頂いたことがある。その後も、箱根に戸隠の奥社、浅草寺、背振神社などで現れていた。 続いて、「布袋さん」も登場。(^^)
 
 鮎川港に到着。時間も予定通り。先にフェリーのチケットを買って昼食へ。乗り場の周辺には、新鮮な魚介類の料理屋さんが多い。前回は、時間がなかったので、今度来たときは是非にと思っていた。 フェリー会社から、一品サービスのチケットを頂いたので、そのお店へ直行。

 何気に座ったテーブル席は、「3」番。私たちも三人になっていた。・・・神事は、三位一体で「」の倍数で動くともいわれている。
 たくさんメニューがある中で、海鮮丼にしてみた。まずは、プレゼントの一品として、殻に入ったカキが登場。つるっと一口。 丼の上には、マグロにタコ、アワビにホタテ、イカ、イクラなどがぎっしり。それでいて安い & とっても新鮮! それに、お味噌汁とクジラの佃煮も。(わおっ!) 
 クジラは、ここの名物だったようで、丼の中には生の状態で入っていたし、どのメニューにも付け合わせとして出されていた。 子供の頃に食べたことがあるけれど、久し振りに口にする。最初はクジラと知って、どうしようかと思ったけど、差し出されたものは有難く頂くことに。クセもなく、柔らかくておいしい。

 クジラは、聖書にも書かれているように、「生命の偉大さを象徴としたもの」として創られ、父性的な英知の象徴であるといわれている。他にも、高次元への意識を高めるパワーがあり、個人の限界を超える導きをするということも。 その生命(いのち)とエネルギーを、ここで分けて頂いたのですね。 ありがとうございます☆

 時間があったので、ゆっくり堪能していたら、すぐ横で流れていたクイズ番組で、「ギリシャの美の女神は?」と聞こえてきた。もちろん、アフロディーテ女神! 実は、この旅には、ハーモニーオイルの他に、アフロディーテオイルを持ってきていて、この日も朝から着けていたのです。(^^) それに、エーゲ海クルーズのことまで。 しばらく前から、念押しのように入ってくる。・・・ わかっているので、もう少し待っててね〜♪

 金星の光に続いて、海の生命をたっぷり頂いて準備した状態になり、フェリーへ。乗り込む前には、案内してくれたお兄さんから、缶コーヒーまで頂いたりして。(まあまあ)  金華山から戻ってきた人たちと入れ替わって乗り込んだら、私たち三人だけだった。あらあら、何だか申しわけないような・・・。(^^)
 風もなく、波も穏やかで、キラキラ輝いていた。前回は、波が激しかったので甲板には出られず、迎えに来たような龍神の姿をした雲が、周囲の山を覆っていた。それは、その日が昇龍の翌日だったからかもしれない。その時とは対照的ながら、優しく包んでくれているようで、ティティカカ湖を思い出していた。

   

 金華山が見えてきた。やはり、あの時とは違う。それも、この間に5年振りのペルーの旅を終えたからだと思った。やることをやり終えた後の、満たされた穏やかさのようなものが、この場にも表れていた。・・・ だからこそ、今こうして呼ばれたのかもしれない。
 
   

 船から降りて、神社までの送迎バスへ。ここでも同じく、出てきた人たちと入れ替わり。そして、またしても三人だけの貸切に・・・。でもそれは、ここに来るまでだけではなかった。・・・・