[聖なる旅] [Page 1]


聖なる旅 



 京都 2010 編

2010.12.14〜12.15

                                         Page 4

                          

 12月14日  PART 4
 維新の道を下り、そのまま右に折れて「ねねの道」に入った。若いお兄さんたちの人力車が並んでいる。その名前が、「えびす屋」さんだった。(ふふふ)

   

 ここに来て初めて知った道だけれど、この通りも有名だったみたい。その先には、八坂の塔(聖徳太子が、如意輪観音の夢告で建立)も見えている。 周辺にも、お寺がたくさんあるようで「大双龍図」の天井画が公開になっているところも。(ほ〜っ! 写真はポスターより)

 しばらく歩いたところに、高台寺が出てきた。この道の名前の由来となった、秀吉の正妻ねねが菩提を弔うために開祖したお寺。そのためなのか、この通りは女性的なエネルギーに包まれていて、しっとりと落ち着いた感じになっている。
 境内への入り口を覗いてみると、夕暮れ前の光に包まれていた。 ・・・ また次の機会にでも。(^^)

   

 その向かいには、三面大黒天のお寺が出てきた。秀吉が、福徳信仰の象徴として念持仏としたといわれ、秀吉の出世守本尊となっているそうだ。大黒天、毘沙門天、弁財天さまたちが、三位一体となって合体している。(!) それはまたパワフルだけれど、仏さまのお顔はとても柔らかい。力強さを内に秘めた感じが、この古都の風情に合っているように思えた。 私もそうありたいな・・・なんて。(えへへ)

   

 続いて、同じ「東山路傍の触れ仏」として、布袋さんも出てきたよ。布袋さまは、弥勒菩薩さまの化身でもあり。この仏さまの像は、目が優しく開いていて、また存在感あり。(撫で撫で) この道も、まだ紅葉がきれい。(うっとり〜)

   

 さらに進むと、円山公園の前まで出た。予定にはなかったけれど、ここまで来たので入ってみる。だってこの中には・・・(!)  もとは、八坂神社の境内の一部だったそうだ。(まあまあ) 祇園枝垂桜の名所の一つでもあり。(写真右)

   

 そして、その奥に行くと・・・。この公園に、二人の像があるのは知っていた。でも今回は、そこまで立ち寄る余裕はないと思っていた。それが、自然な流れで来れることに。 もう大丈夫と思っていたのに、二人の姿を目にするとまたしても・・・。(オイオイ) 良いよね、きっとそのために来たのだから。
 二人の真上には、三日月がピッタリと位置している。(!) やはり、来ることになっていたのですね。それも、この時間に合わせるように。 二人が見つめている空は、黄金色に染まっていた。

   

 そこからの道は、八坂神社へと続いていた。7月17日の夕刻斎行の祇園祭神輿渡御を神幸祭りといい、南楼門(正面)から東山路までを、特に三社神輿が神幸する(お出ましになる)ことにより、その道は古くから「神幸道」と呼ばれている。・・・ ちなみに、神幸は「みゆき」とも呼ばれるのでした。(ちゃんちゃん^^)
 それで、今回は南楼門から入ることになった。境内全体が、夕日に照らされて黄金色に輝いている。「八坂 弥栄」を、そのまま表しているように。

   

 まず最初に足が向かったのは、大神宮。伊勢神宮の内宮・外宮として、天照大御神と豊受大御神が祀られている。この一週間後に予定している旅への御挨拶になった。
 前回はここまでだったけれど、そのお隣の摂社へも。 悪王子神社・・・名前だけだと何かしらと思うけど、祀られているのは素戔嗚尊の荒魂だった。(ほ〜っ!) 悪王子の「悪」とは「強力」の意で、荒魂は現実に姿を顕す、霊験あらたかな神の意であると記されていた。
 
   

 続いて、「身も心も美しく」と書かれた「美容水」なるものが。(あら〜!) 神水として湧き出ていて、お肌に浸けると健康で、心から美しく磨かれるとのこと。 まあ〜素敵♪ ということで、しっかりピチャピチャ。(^^) そのお社は、「美御前神社(うつくしごぜんしゃ)」。
 お祀りされているのは、宗像三女神だった。(!) 御由緒によると・・・ ” 三女神は美人として誉れ高く、ことに際立つ美人の神が市寸島比売命。弁財天(弁天様)と同じ神として崇められており、さらには美貌の女神とされる吉祥天とも習合していた。これにより、財福、芸能、美貌の神としての信仰がある。”

 さらには、「美への信仰」として、” 人の美を現すものには、目に見える容姿をはじめ、言葉や立ち居振る舞いなど、様々なものがあります。これら美徳の根元は、清く美しい心にあるといえます。美御前社は特に美徳成就の祈願をするお社です。美の神の御神徳をお受け頂き、常に心身の清浄に心掛け、道の開運を祈願して下さい。” 
 それで、祇園の舞妓さんや芸妓さんたちも、良く参拝されているのだとか。なるほど、ここで京都美人の秘密を発見。(笑)

 八大龍王さまより、(大和の神々さまの中では)宗像三女神さまが、一番身近なところで見守って下さっていると伝えられていた。確かに、その御加護は感じられていたけれど、まだ美の面までは届いていなかったようで。(ほほほ^^;) 心も身体も美しく・・・それは、ヴィーナスプロジェクトのテーマにも含まれていることだったので、これからもっと具現化出来るように、アフロディーテ女神さまと共に、よろしくお願いします。(ぺこりん^^)

   

 重要文化財に指定されている本殿は、祇園造と呼ばれている。「祇園さん」のお宮は、子供の頃の遊び場だった。兄は、その真向かいの家の義姉と結婚し、今も住んでいる。前回の旅で、何気なく訪れたようでも、そこには深い神縁があったことを後で知ることになった。
 大地に宿る青龍に守護され、龍穴の上で青龍の気が集中している地。 祇園祭とは、シリウス星系を称える祭りでもあり、シリウスとの繋がりがあったのだった。

   

 もう一つ、このレポートを書いている時にわかったことは、境内にある料亭(中村楼)には龍馬も訪れていて、近江屋での最期の時に履いていた下駄は、そのお店のものだったこと。 つまり、暗殺される日に訪れていたのだと ・・・。(!) 

 北向蛭子社の「祇園のえべっさん」こと、事代主神さまも撫で撫で。大黒天さまと、いつもありがとうございます。(降ってますね〜) 太田社の猿田彦命さまと天鈿女命さまにも。 また来週、お世話になります。(ぺこりん)

   

 あの日以来、御札や各神事に纏わるものも送られてくるようになり、今生でも新たな神縁と御加護を頂いている。ここでようやく、その御礼参りが出来た。それもピッタリ2年振りとなり、柔らかい黄金の光に包まれた中で ・・・・ ☆ 
 
 日が落ちてきた。駅までの通りには、御土産屋さんやお食事処もいっぱい。せっかくなので、ホテルに戻る前に食事していきましょう。駅のすぐ手前で、南座の向かいにある「やぐ羅」さんへ。創業明治33年 にしんそばの老舗。柾至が二年坂のお店で食べていて、おいしいと言っていた。・・・ あの頃はまだ身体が食べたいと思わなかったけど、今ならバッチリOK!
 伝統を守り続けて、北海道で生産された身吹きにしんを、三昼夜かけて煮込んでいるという。クセもなく、食べやすくておいしい♪ 山椒ちりめんのご飯も一緒に。 時間が早かったので、ここでもゆったりと静かに食事が出来た。 ごちそうさまでした。

   

 夜明け前に出て、たっぷり盛りだくさんの一日が終了。予定外に、一日目から良く歩くことになった。さて、明日は何が待っている!? 場所が場所だけに、またまたドキドキしてきちゃった・・・。(^^)