Diary 




                          VOL.67

特別編   Part 4               
8月 5日
 やっと水が飲めるようになった。水さえ飲めれば・・・ねっ! 前の部屋で、お隣だったKおばあちゃんが様子を見に来てくれた。「元気そうな顔見て安心した。息子さんのためにも頑張って!」と力強い握手。廊下で挨拶していた患者さんも、温かい言葉をかけてくれた。うれしいね♪
兄たちも、「昨日とは顔色も違う。一日で、ここまで回復するのは、やっぱり凄いね。」 Michiyoさんが引いてくれたカードのメッセージは、「これまで他人を喜ばせるために頑張ってきましたが、今は自分のための時間です。リラックスして、ゆっくり休んでください・・・。」 ありがとうございます☆
兄は、家族の絆を表すカードを引いたそうだ。今回のことで、つくづく家族の大切さ、有り難さを実感した。励まされ支えてもらい、勇気と力を与えられた。それも家族だからこそだった。本当に感謝です。二人は夕方までいて、夜のフェリーで帰った。言葉では言い尽くせないほどの、感謝の気持ちで一杯だった。本当にありがとう☆

 これからは、しばらくベッドの上だ。起き上がってはいけないので、自分では何も出来ない。何もかも、お願いしないといけない。今度は、看護師さん達に甘えることになる。人に甘えることが苦手だった。自分で何もかもしたほうが、気が楽だったから。このような状況を与えられたのも、そのためのレッスンでもあったのね。私よりも若い看護師さん達が、ほとんどだったので、最初は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、今は甘えることにした。素直に受け取ることを学んだ。毎日、感謝することの連続だった。何もかも有難かった。心の中で、ずっと両手を合わせていた。

 これまで忙しく動き回っていた生活から、一日中ベッドの上で動けない生活へ。一日が長かった。時々テレビを見たり、本を読んだり、転送してもらったメールにレスしたり・・・。毎日来てくれる柾至の顔を見るのも、一つの楽しみだった。毎日見舞いに来てくれる彼のことは、看護師さんや他の患者さんたちからも感心され、彼はいつしか注目の的になっていた。共通して言われたのは、中学生とは思えないぐらい落ち着いているということだった。婦長さんからも、他の子供たちとは違うものを持っているとも言われた。
病室に来て、まず最初にしてもらうのは、ペットボトルに水を足して、蘇生塩と蘇生(グリーンティ)を入れること。洗濯物もお願いしていた。家では一人だったが、日頃から家のことは手伝ってくれていたので、何とか大丈夫そうだった。食事も自分で買ったり、簡単なものは作ったり。早く自立させたかったので、その練習にもなっていたみたい。市内にいる父には、知らせなかった。私のこの姿を見たら、ショックを受けるかもしれないし、余計な心配はさせたくなかったから。時々電話して、元気な声を聞かせていた。
今年の夏休みは、一緒にパパのいるカナダに行こうとプランしていた。8月8日から、約二週間の予定だった。5月頃からチケットを頼んでいたのに、帰りの便だけが満席で取れていなかった。ギリギリになったら取れるだろうと思っていたのに、結局取れなかったのだ。もし取れていたら、キャンセルしないといけなかった。ちゃんと成るようになっていたのだと思った。楽しみにしていた柾至や彼は残念だったと思うけど、これも宇宙の計画通りだったのよね。(そのかわりに、秋にプランしているところ) 8月7日は、海の中道である「a-nation」のコンサートに一緒に行くつもりだった。チケットもBブロックの前を取っていた。私の分は、友達に譲って一緒に行くことになった。真夏の中を25000人の人に埋め尽くされた5時間で、汗びっしょりになったと聞いて、友達と行ってくれて正解だったのかも・・・(^^) コンサートは、すごく盛り上がって楽しかったらしく、最後のあゆちゃん(柾至はフアンなのだ)のパートは話題になり、後でニュースにもなっていたようだ。席は、Bブロックの最前列だったからバッチリで、友達も喜んでいたそうだ。良かった、良かった♪

 8月8日の8並びの日が、次のポイントだと感じていた。
前の日の夜は、何度か目が覚めたものの、夢をたくさん見て、いつもより楽に眠れた。(それまでは、眠ることが難しかった。) この後も心配しないで、最善が起こることを信じ、全てを委ねることを忘れないようにした。私は、ただリラックスして、今の状況も楽しむ。それが早く回復すること。

 翌朝の採血が楽しみだった。きっと良くなっているはず。その結果は・・・ジャ〜ン! 劇的に良くなっていると言われた! 血液は一気に倍近くに増え(5.0から10.0へ)、炎症反応も4.2まで下がった。イエ〜イ!(ちなみに、炎症反応は健康な人はゼロで、風邪で熱がある状態で0.5前後。入院した時の私は11.0だったので、相当高かったことになる。毎日高い熱が出ていたのも当然で、痛みが強かったはずだと言われていた。ははは。^^;) 
 
 毎日の傷口の貼り替えのときに、管から薬を注入していた。この日は入れ終わった後に、太股周辺が内側から熱くなり、火傷をしたみたいにヒリヒリして痛かった。冷やして、しばらくしたら落ち着いたが、初めてだったので驚いた。「感覚が戻ってきたからかも。」と婦長さん。長い痛みで固くなっていた筋肉の中の神経が、戻ってきたからかもね。 そう言えば、この日の朝はマッサージリングを念入りに使っていたから、その効果もあったみたい。
 ベッドでの寝たきり生活で腰が痛くなっていた。寝返りを打ちたくても、お腹に管が入っているので、体勢を換えるのも難しかった。これが床ずれなのよね。そこにタイミング良く「腰は痛くないですか?」と婦長さん。そして、「良いものがあるのよ。」と床ずれ防止になるマットを持って来てくれた。ちょうど肩から腰の辺りに敷くようになっている。使ってみると、本当に楽だ〜。寝ていても気持ち良い〜。これで床ずれからは、解放されそう。あ〜有り難いなあ。 感謝・感謝☆  さらに良いことには、このマットを敷いたおかげで、この下にNTプレートが置けるようになった。プレ−トは、食事のときに下に敷いたり、お薬と水を一緒に載せておいたりして活用していた。これからは、マットの下に敷いて使える。うししし。v(^^)v

 2つ目のラッキーは、血液凝固の結果が良好だったので、右手の24時間点滴から解放されたこと。とにかく寝ている間も、ずっと針をさして付けっ放しだったので、ますます動きにくかったのだ。朝夕は、左にも別の点滴をしていたので両手だったし。一つ自由になった。やったね!
 3つ目は、お部屋のお掃除をしてくれていた時、ベッドの下に一円玉が落ちていたと渡してくれた。落とした覚えもないから、私のではないと思うんだけどな・・・。そこで浮かんだのが、ラッキーペニーのこと。欧米では、ペニーを拾ったらラッキーなことがあると言われている。これもきっと、ラッキーの象徴だわ♪

 そして、極めつけのラッキーへ。
この日はSPの水を飲みながら、支局でSP-10を分けてもらえることを思い出した。もしかしたら配送してくれるかもしれないと思い、電話してみることに。番号がわからなかったので、ミクロウエーブさんに電話すると、山田さんの奥さんのHirokoさんが出た。「最近どうされているんですか?」と聞かれ、どうしようかと思いつつ、話の流れで入院していることを話すことになった。(この時は、まだ誰にも話してなかった。) あいにく支局では、配送はしていなくて、直接買いに行かないといけなかった。でも、山田さんが行ったときにもらっておいて、今度持って行くようにすると言ってくれた。まあ!! そしたら早速、夕方に来てくれてびっくり! 12リットルの水を持って来てくれたのだ。
セミナーに来れなかったから、余程のことだろうとは思っていたみたい。そして、傷口のところから足にかけて、エネルギーを流してくれた。「治るのは早いよ。」 私もそう思ってます。(^^) 何しろ、究極のSP-10(天の水)が来たんだから! 柾至が来て、早速用意してもらって飲んだ。飲んでしばらくして、身体全体が熱くなるのを感じた。お〜来てるよ〜。

 夜、眠りついて一時間後に目が覚めたら、汗をかいていた。その時に携帯を見たら、兄からメールが入っていて、ハートの太陽の日の出の写真が添付されていた。見事にハートの形をした太陽だった。その写真からもエネルギーを感じ、見ているだけで癒された気分だった。この日は最後の最後まで、いろんなことが起こっていた。明らかに流れが変わろうとしているのを感じた。



 その翌日の朝。ドレナージュの管のガーゼから、液が漏れているのに気付いた。いつもより、たくさん出て来ている。尿の量も、急に増えていた。さらに驚いたのは、お腹から腰の辺りが凹んでいること。それまでずっとむくんでいたのが、一晩で元の状態になっているのだ。すごいよ!! 予想以上のパワーに、びっくり!  さすが天の水! おそるべし〜。 またおもしろいのは、同じ部屋のおばあちゃん。毎晩、眠れないと言っていたのに、昨日は初めて朝までぐっすり眠ったという。隣のおばあさんも、大きなイビキでグーグー寝ていた。(^^) これは偶然とは思えない。昨日このボトルが来ただけで、周りの空気が変わったのが感じられていたから。わお〜! これからが楽しみだ〜♪  

 食後に3回分の鎮痛剤も、痛みを感じるまで飲まないようにしていた。その時間が次第に開いていった。これで、自分の身体の状態もわかってくる。(そうでないと、感覚が麻痺して本当の身体の状態わからなくなるから。) 食欲はバッチリ。最初に入院したときに、肉は食べないと話すと、栄養士さんを呼んでくれた。貧血がひどかったので、食べることが大事だと言われていたが、体力が落ちている時に消化に膨大なエネルギーを使う肉類は食べたくなかった。それで、いろいろ話して、野菜料理中心で、魚だけは食べることにした。牛乳の代わりに、ヨーグルト。(発酵させているから、今は良いことにしましょう。) 毎食、果物も付けてくれて、日替わりでグレープフルーツ・スイカ・ブドウにメロンまで。料理の味付けは薄味で、私にはちょうど良かったのでうれしかった。(もちろん食べる前には、スプレーをシュッシュッに蘇生塩をパラパラ) その後も、定期的に栄養士さんが私のところに来てくれて、食事がOKかどうか尋ねてくれていた。それも有難かった。お腹の張った感じもなくなってきた。消化能力も復活してきたみたい。何しろ、SP−10の水を、どんどん飲んでいるんだもんね。気が付いたら、足のむくみもなくなって、細くなったみたい。うふっ♪

 この頃になって、わかってきた。今回のことは、膿みという物質化した状態で、必要のなくなったものを出していたのだ。それも、今世だけではない。言われたように、遺伝子レベルのもので、遠い遠い過去から持ち越してきたものを、ここでまとめて出し切ろうとしたのだ。このプロセスが始まったのは、蘇生塩も摂っていて、NTプレートも使い始め、最高にエネルギッシュになっていた時だった。これ以前のDiaryかレポートにも書いていたように、この先絶対に病気にならないだけの自信があると言い切れるほど、エネルギーも高まっていて調子が良かった。それで、今まで以上にバリバリやるぞ〜!と張り切っていた矢先のことだった。それだけの身体の準備が出来ていたからこそ、起こったプロセスだったのだ。点滴で抗生剤をバンバン打たれようが、輸血してメスを入れようが、それをちゃんとクリアに出来るだけの身体の準備が整っていたのだ。それも7月から8月にかけて、最も代謝が活発になる時で、出し切るという時期に。2年前の同じ時期には、シャスタで過去生のワークをしていた。それは、魂の深い感情レベルのクリアリングだった。そして今回は、深いレベルでの肉体のクリアリング。私は完全なるライトボディを目指していた。これは私の魂が望んでいたことだったのだ。そのために、大量の膿みという形で物質化して、一気に出してしまうことが必要だった。西洋医学では、あらゆる検査をしても、こうなった原因を見つけることが出来なかった。三次元の世界で起こったことではないから、それも当然のこと。医学の世界で、解明出来ることではなかったのですね。

手術から一週間経って、シャンプーをしてもらった。ベッドごと移動して洗えるようになっている。(すごいね〜) 毎晩、寝汗をかいていたので、やっとスッキリした〜。生き返った気分だった。血圧も一定して、100を超えるようになった。(当初は80ぐらい) 脈拍も安定していた。自分ではわからなかったが、入った当初は呼吸も荒く、息が浅く、脈が早かったそうだ。その頃は、どうやら気力だけで生きていたみたいね。(今だから言える。笑) エネルギーの持つ力って、本当に凄いのね。(つくづく実感)