[Diary 206]       

 
Diary 
                                       
                                               
                                
                                                        VOL.207

★詳しいレポートは、それぞれの日付からリンクさせたブログや、
別レポートのページにあります★


 2010年 9月(後編)           
 9月18日
 山田さんたちが、HWを使い始めた農家さんのところへ視察に行くというので、御一緒することに。迎えに来てくれた「999」の車が、新しくなっている。蘇生運動で走り回っていたプラズマX カーも、交代したのね。前の日に届いて、お祓いも終わったところらしい。その初日に便乗させてもらえるなんて、新しいサイクルの始まりみたいで良い感じ〜♪  またピッタリに「111」に「22−22」が飛び込んできた。続いて「千龍」だって。(うふふ) 平尾さん&大塚さん達とも合流して、4人でGO−GO−!

 その場所は、浮羽だった。ぶどう農園がいっぱい。今年の3月頃に紹介されて、HWに果物を15分ほど浸けたら、それだけで糖度が2度も上がったので、使ってみることにしたそうだ。 まだ半年ぐらいだけれど、土壌と表面散布を月に3〜4回しただけで、粒が例年より大きくなったとのこと。まだ農薬を完全に止めていないものの、HWを混ぜているので、その分は無害化されていることでしょう。

 私たちも試食させてもらった。ぷりっとしていて甘い。皮のままでも、安心して口に入れられるのが何より。これで、もっと土壌が変わってきたら、来年以降の出来も、もっと変わってくるのでしょうね。楽しみ〜♪ 
 お持ち帰りに買ったら、おまけしてくれた。(えへへ) ・・・ 農園にヒーリング系のCDも流していたりと、御主人もちょっと個性的。 このプロジェクトに繋がる人は、その傾向もあり。(ふふふ)
 
   

 ランチは、大塚さんお薦めのお店へ。朝倉市にある「林檎と葡萄の樹」。昔、何度か行った小国のお店(林檎の樹)に、造りが良く似ている。古民家風でパンもあって、アップルパイにアップルカレーが人気ということも。それで、てっきり同じ系列かと思ったら違っていた。高い天井に、大きく張り出した梁。インテリアも素敵で、この雰囲気はたまらない。(^^)

   

  もちろん、お薦めのアップルカレーセットを。林檎ちゃんがゴロっと入っていて、カレーのスパイスに林檎の甘みが優しく効いて、心もとろ〜り溶けてきそう。デザートには、アップルパイとアップルティー。もう林檎ちゃん尽くし。
 そこで、ふっと気付く。そうだった、林檎ちゃんはヴィーナス(金星)を象徴とするフルーツだった。 わ〜い、わ〜い♪  パンも、幾つかお持ち帰りしちゃった。(えへへ) マドレーヌも、お手頃でお薦め♪

 帰る時に通った道は、「えびす通り」になっていた。(!) 古い町並みで、恵比寿さまがたくさん祀られている。そして、龍の背骨といわれる耳納連山も、くっきりと見えていた。 その後、山田さんが病院へHWを届けていた。(ご苦労さまです。)

   

 そのまま山田さんの事務所に行って、夕方からは他のメンバーも加わって学習会。今日の視察の報告と、基本の復習として。この科学は奥が深いから、理解するのに時間が掛かるけど、みんなそれぞれに真剣に聞いて話し合っていた。こうして忙しい中でも、同じ志を持った仲間たちが集まってくる。 自分たちの出来ることを、目指しているものを、少しでもより良い形で実現できるように ・・・。

 9月22日(中秋の名月)〜23日(秋分の日&満月)
 やってきました、「変容」のハイライト。今年は、お空の上では、太陽に月、惑星たちが一体になって、お祭り騒ぎのような状態。(^^) まさしく一年前の「天地満開祭」の銀河パーティが行われているようだった。
 ・・・ 当時のレポートを読み返して、秋分の日は「北と南が全てにおいて、バランスが取れる大事な日であり、新しく旅立つ準備として、今日を締めくくって、新しい時へと旅立っていく時。」であることを思い出した。

 そこに激しい雷雨。この天気で月を観賞するのは、まず無理と思われた。その空が見事に明けた! 雷光は神の降臨を表し、雨は神事にあわせて清めてくれていたのだった。その上、月が姿を見せてくれていた間も、雷光と雷鳴が響いていた。(秋分の月の宴 編にて)

 ・・・ レポートした後で、月読祝詞は前田さんに降りてきたものだと知った。(!) それは、月読大神を迎えるための祝詞だったのだ。その中には、「和合」の言葉も。 また、長崎壱岐の月読神社には、「和龍」も奉納されていた。(写真右)
 そうして現れた月読大神は、白いシルクの美しい衣を身に纏っていて、虹色に光っていたという。その姿が、目に浮かぶようだった。大神はとても喜ばれていて、そのまま一晩過ごされたそうだ。みなさんの思いが通じたのですね。(感謝です☆) ・・・ 写真下右は、青木さん撮影より

   

 この切り替えの時にテーマとなったのは、またしても地球環境の蘇生。ペルーから帰ってからというもの、何をするにせよ、行き着くのは原点となる「地球の蘇生」だった。今回の大分でのセミナーでも、つくづくそのことを感じた。その中でも、最後の最後にボリビアの件を知ったときには・・・!
 20数年前には、ボリビア人の親しい友人もいた。何年かは頻繁に交流していたけれど、私がカナダに移り住み、その間に日本人女性と結婚した彼は、家族でボリビアに帰っていた。もしかしたら、その日系人のコミュニティにいるかもしれないと思った。 その地には5回も訪れることになり、その都度HWを流しながら、母なる湖(地球の13チャクラ)に祈っていたことも・・・。

 バイブレーションというのは、確実に目に見えないレベルで伝わり、繋がって行くのですね。2001年に初めてプロジェクトと出会ったときに、HWの水は数百mに及んで、情報とエネルギーを伝えて行くと言われていた。それを今また、はっきりと実感することになった。
 この日には、ヴィーナス エッセンスが、バージョンアップして生まれ変わった。もう何度目になるのかわからなくなりそうだけど(笑)、それも今のバイブレーションに合わせるようになっているからでしょうね。それによって、アンデスのエネルギーが強くなり、深みのあるゴールド色になった。

 セミナーで、大和の「女帝」の話が出たことにも驚いた。「女帝」カードに示されている女神(アースマザー)が、その原点になっていることも確認してくれた。 それだけのスペシャルな時だったので、一時はエジプトへと思っていたけれど、こうして日本で迎えることになったのは、発信地が日本(大和の国)になっているからなのですね。「和合」の源は、この大和にあり、この大和から発していくのだと・・・。

 一つの区切りを迎えて、二日後の25日からは、次の13日間のサイクル(マヤ暦)が始まった。例によって、何気なく手に取って借りたDVDは、イーストウッド監督の「INVICTUS」。ネルソンマンデラ大統領が、人種差別や経済格差をなくして、国を一つにまとめるために、ワールドカップ制覇に向けて奮闘するという実話。 終わってから流れてきたのは、ホルストの「ジュピター」に歌詞をつけた曲だった。

 世界の国々が互いに結びついて
 ひとつの揺ぎない世界に 
 運命をつかもうと努力するなら
 新しい時代が開けていく

 険しい山を越えようとも
 荒々しい海を渡ろうとも
 いつか来る 輝かしい日のために
 誇りを持って 進んでいこう

 持てる力を すべて出しきり
 共にゴールを目指すなら
 
 勝っても 負けても 引き分けても
 みんなが勝利を手にする
 
 世界の国々がひとつになって
 新しい時代が始まる


 石井ゆかりさんの週報より・・・
 ” この時期、目線は「足元」を向いています。 原点に立ち返ったり 自分の今の力や状態を分析したり、と 「現在地を確かめる」 ような作業が発生する時期なのです。 なぜそんな作業が発生するかというと 「やりたいこと」「行きたい場所」が 貴方の心に強く輝いているからです。 だからこそ 「それを叶えられる条件が揃えられているか?」 ということがここで 強く、意識に上ってくるのだと思います。 ・・・” (ピンポ〜ン!)

 9月27日
 長崎へ行くことになった。何年か前に、何かで商品を買ったことから、無料ご招待ツアーの案内が届いていた。 年に一回ぐらい来ていたみたい。それが今回は、龍馬ちゃん縁の地が入っていたことから、思わず行かなくっちゃ!と感じて、参加することにしたのだった。

 朝早くからの出発。指定されたバスのシートは、11列目の「41番」に。(!) これはこれは・・・。(^^) すれ違うナンバーも、「41」ばかりが目に飛び込んでくる。博多埠頭の前を通ったときには、「VENUS」の船の名前まで。(うふっ)

 ツアーのメインは、鳥栖にある展示会だったので、その会場へ。説明を聞いてから、後は自由にお買い物など。私は一通り眺めた後で、休憩室でまったり。 その後、長崎へと移動してランチに。(待ってました〜♪) 場所は、風頭山の山頂にあり、長崎港が見下ろせる「矢太樓ホテル」。

 昼食会場の名前が、「レインボーホール」になっていた。(続きますね〜♪) 食べきれないぐらいの品数。有難く頂きながらも、その後のことを考えていた。食事を入れて、2時間の自由時間。心は、すっかり龍馬ちゃんに向かっていた。

 ホテルから10分ぐらいのところに、龍馬の像がある。ここには、2003年に訪れたことがあった。(Diary27・・・そのすぐ後で春分のプロセスが始まっていた。)  その丘の下に亀山社中があり、ちょうど一年前にも訪れていたけれど、この像までは来ていなかった。(長崎編 Page 3) だからこそ、余計に行く必要があると思ったのだった。そこに行けば、何かが待っている、龍馬ちゃんが呼んでくれているように感じて・・・。

 希望者は、ツアー内で案内してくれることになっていたけれど、一人で行ったほうが良いと思い、早めに出た。坂を上ったところに風頭公園があり、その先に龍馬の像が出てくる。 わ〜龍馬ちゃん! この像での対面は7年振り。その間にも何度か行っている桂浜の像よりも、一回りぐらい小さいものになっている。 
 両腕を組んで立っている姿・・・角度を変えながら、繁々と眺める。どこから見ても、どこまでもイイ男・・・。もうそうとしか言えないぐらいに、見惚れていた。(ぽっ)
 
   

 一通り眺めたところで、じっとお顔を見つめていたら、また胸が込みあがってきた。そう、この時も確かに入っていたのです。目の前にいる・・・その存在が強く感じられて、涙が溢れてきた。
 龍馬ちゃんが見つめている先を、目で追ってみた。やはり海だった。その海には・・・あれはもしかして! そう、そこには女神大橋(ヴィーナス ウイング)が掛かっていたのです。 思わず、鳥肌が立ちそうになった。一年前に初めて女神大橋を前にして、エジプトの旅から繋がっていることを感じていた。(長崎編 Page 1) この橋が開通したのは、2005年。そう、7年前に来た時にはなかった。この間に、女神(ヴィーナス)の架け橋が掛かっていた。 龍馬が、当時から眺めていた海に・・・。

 正面には、日本三大夜景の一つで、標高333mの稲佐山がある。福山くんがコンサートをした場所で、「約束の丘」は稲佐山の公式ソングになっているそうだ。
 
   

 この像の顔は、桂浜の像と比べて表情が険しい。桂浜では生まれ故郷の海を思い、穏やかな顔をしているけれど、この像には彼がしようとしていたことへの固い決意が表れているからだと言われている。 その時の龍馬ちゃんの思いが伝わってくるから、私の胸にも迫ってくるのだ。そして、今のこの時期に、なぜここに来ることになったのか、わかってきた。それは、ホルス神の雲で伝えられたことと同じだった。(Diary 206) そう、名前の使命 を伝えてもらったのは、高知の人で「海援隊」という名をつけて活動していた人だったから。

 そこで、さらに思い出したことがあった。初めて龍馬ちゃんに対面して、その存在を感じたのは桂浜であり、それはSTSの高知セミナーの翌日だったこと。(Diary 15・・・ 同じページ内のトップに、代表の名前の使命も) そう、そのセミナーで代表が、桂浜の龍馬の像と対話してきたという話を聞いたから。8年前のその当時は、「坂本龍馬」という名前ぐらいしか知らなかったのだけれど・・・。(高知編) 名前の使命を伝えられたのは、そのわずか数週間後のことだった。・・・・

 グループの人たちが来たので、しばらく龍馬と同じ景色を眺めていた。女神大橋は、ピカピカと光を放っている。その手前には、グラバー園がある。稲佐山から右の方向には、諏訪神社。足元に、大きな羽の黒アゲハが飛んできた。ヒラヒラと優雅に舞っている・・・。
 そして、再び誰もいなくなった。最後の挨拶をして帰ろうと思ったら、一陣の強い風が吹いてきた。(!) 木々の葉が、一斉に音を立てる。空も変わった。その上を雲が、ゆっくりと這うように動き始めた。

   
 
 またしても、鳥肌が立ちそうになった。そうして伝わってきた思いを胸に、この場から立ち去った。・・・

 公園の手前には、「風頭権現社」というのがあった。新しく造り替えたばかりのよう。鳥居をくぐって入ってみると、御神木がド〜ン! それも三つの枝に分かれている。まず浮かんだのは、あるワークで授けられたシヴァ神のトリシューラ(三叉戟)。「愛、意志」「行動」「知恵」を表していて、海の神ポセイドンの鉾と同じ形をしている。 そして、トリニティ(三位一体)。御神木の根元は、大いなる源である創造神を表している。
 その奥に祀られていたのは、水の女神である弁財天さま。(!) 他にも、お大師さま、不動明王と観音さまたちも。ここでも、一人ではないことを感じた。・・・・・
 
   

 ホテルに戻り、まだ時間があったので散策。ホテル内も、龍馬ちゃん関連のものばかりで、お土産売り場のお菓子のほとんどに、龍馬の名前が入っている。
 せっかくなので、その中で竹炭に黒ゴマが入った和菓子をゲット。グッズもたくさん。すでに一杯持っているけど(^^)、目新しいところでコースターをゲット。渋い黒のデザインでプレートタイプなので、すぐに洗えて使いやすそう。・・・ オメガナノWのコップを載せて、毎日使ってます。(えへへ)

 他にも、ツアー参加者全員にストーンブレスレットのプレゼントがあった。(わ〜い♪) 石は、フローライト(蛍石)だった。そこには、こんなことが書かれていた。「紫、緑を始め、青、黄、透明など、様々な色は ”みんな違って、みんないい” の証と言われる。闇の中の一点の光として、解決の希望の道を照らすとされている。」 ・・・ ありがとうございます。

   

 長崎を出ようとしたところで、「81(光)−41(神)」のナンバーが(!) 福岡に戻ると、雨になっていた。着く間際になってから、隣に座っていた人が、二日市の人だと知った。(おっと〜!) そこで、天拝山の話で盛り上がった。(道真ちゃん♪) たくさんの存在たちが、見守りながら導いてくれている。そのことを感じさせてくれた一日だった。 

 夜は、「龍馬伝」を観た。生死を彷徨って復活した龍馬が、お龍と共に長崎へ戻ったところ。丸十字マークの船に乗って、亀山社中へ。「もう時がない、急がんといけん。」(今やらないで、いつやる。) 「どんな時でも望みはある。望みが、わしを生かしている。」  そう、彼らは命懸けでしていたのだ。それほど真剣だったのだ。向かっていることに対して、弱音を吐きそうになっていた自分が恥ずかしかった。
 
 このDiaryを書いているとき、ふと気になって「約束の丘」の歌をチェックしてみた。すると、その歌詞は・・・

 駆け出した理由 いまもわからない 続くフリーウエイ
 ただ陽炎と追い越して行く 翼がほしくて

 絶望と 希望の くり返しだけど
 そのすべて 受け止めて 力に変えて

 歩き出す この足が 答えになる
 ぬぐいきれない汗を 信じている

 何度も自分に問いかけてきた 何ができるか
 追い続けている この憧れは どこにあるのか

 目を閉じて 見つめれば ここにあるのに
 何ひとつ この手に まだつかめない

 約束の丘に立つ その日まで
 求めてく この道を 切り開く

 現在(いま) 心に 白紙のノート 抱きしめて 遠くへ

 To be free I wanna be free.
 To be free.........

 胸に決めた 願いを たしかめたなら
 きっと夢は そこから 始まってるさ

 歩き出す この足が 答えになる
 ぬぐいきれない汗を 信じている
 
 約束の丘に立つ その日まで
 求めてく この道を 切り開く
 

 そう、もう答えは全て出ていた。お空の上で約束してきたことを思い出せば、やるべきこともわかってくる。後は焦ることなく、勇気を持って、その示された道を進んで行けば良いのですね ☆