[Diary 113]



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                                                      VOL.114

 11月ダイジェスト (Part 1)
 11月 1日
 マスターの月が明けた、第一日目(111の日)。太宰府に行くことにした。天満宮は、私にとっての産土神社のように思っている。一番身近なところから、いつも見守ってくれているのを感じるから。そして、この日本の始まりである筑紫の土地に、温かく迎え入れてくれた神様でもあるから。 その日頃の感謝と、セドナの素晴らしい旅から帰った御挨拶も兼ねて。

 行きの電車で、本を読んでいたら、眠気が来てウトウトしてしまい、通り過ぎていた。あちゃ〜!(^^; せっかく急行に乗っていたのに、幾つかの駅を過ぎて、小さなローカル駅にまで。(ははは)  まっ、仕方ない。ここはのんびり行くとしよう。
 続きの本を読みながら、引き返して到着。でも、その時間が乗り換えバスにピッタリの時間になっていた。(お〜っ!) ということで、先に竈戸神社へ。

 帰りのバスが、7〜8分後になっていたから、ここはちょっとダッシュ。息を切らし気味に石段を上がり、宝満山の神々さまに御挨拶と報告をして、光を送らせて頂いた。鹿園の鹿ちゃんたちも忘れずに。 鹿ちゃんは、いろんなところで出て来てくれていて、今回のセドナの旅でも見事な登場をしてくれた。いつもありがとうね〜♪ またどこかで会おうね。
 
 移動の合間に読んでいた本に、夢中になっていた。そして、さっきの乗り過ごした時間は、その本を読むためだったのだとわかった。天満宮に入る前に・・・。

 一通りの御挨拶を済ませて、本殿に向かった。境内では、毎年恒例の華やかな菊花展が開催されていた。
 そして、ここに来るまでに心に誓ったことを、神様(道真公)に宣言した。

 その本「宇宙心」(著 鈴木美保子さん) は、前回のDiaryで紹介した、沖縄の真の聖者であるS先生のことが書かれたもの。「告」の本で初めて知ったけれど、S先生のこれまでの神業や、神々さまからのメッセージが、より詳しく書かれていた。読み進むに連れ、さらに魂が震えてくるのを感じた。S先生の深い深い愛と行いに感動すると共に、自分の未熟さをつくづく感じさせられ、胸が苦しくなるほどだった。

 貧しいところから努力して成功し、社長にまでなりながら、ある時に目覚めさせられたことをきっかけに、全てを手放すことに。 そして、日雇い人夫で5人の子供を育てながら、残りの人生を神に全託して、地球のために捧げてくれた。あくまで無名を貫き、純粋な心を持ち続けたままで、自分の肉体を使い果たしながら。
 S先生の働きによって、この地球がどれだけ救われていたのか。その偉業は、私たちの想像を遥かに超えるものとなっている。
 S先生は、人間として生まれながらも、神々さまに光を送る、神を救うだけの光を持った方でした。

  ”・・・地球の神様はS先生に人類を救ってくださいと依頼し、自然の神様はもっと力(光)をくださいと依頼し、そして宇宙レベルの神様は、とにかく何よりも地球という惑星を存続させることを最優先するようにと訴えてくるのです。・・・

 それぞれに役割があるのはわかっている。同じことが出来ないのもわかっている。S先生が為された偉業は、S先生にしか出来ないことだから。
 ただ、私は自分のするべきことを、本当に精一杯やってきたのだろうか、言い訳しながら、自分のことを優先することが多かったのではないかと・・・。バスに揺られながら、これまでの自分を振り返って、しばらく考えていた。まともには、顔が上げられない状態だった。

 そんな中から、最終的に心に湧いてきたのは、感謝の気持ちだった。こんな微力な私にまで、大いなるサポートをし、ここまで導いて下さった神々さまや高次の存在たちに、深い感謝の気持ちが湧き上がってきたのです。そして、今こうして気付かせて頂いたのは、ただ反省して落ち込むためでもなく、もっと勇気を持って、自分の生命を生かすように。もう一度目を覚まして、奮い立たせるためであったのだと。

 でも、これまでと違うのは、ちゃんと自分のことも大事にして、いっぱい愛してあげて、与えてあげることを忘れないようにすること。未熟な自分を責めたり、批判したりするのは、もう止めにして、ありのままの自分を受け入れてあげること。自分を大切に出来る人は、周りも大切に出来る。一人ではなく、みんなと融合しながら、苦悩ではなく、歓びと感動を分かち合いながら、歩んで生きたいということ。

 そして、天満宮の神さまを通して、宇宙の創造神に誓った。私はここで気持ちを新たにして、もう一度生まれ変わった気持ちで、この限られた生命を最大限に活かしたいということ。例え、大きなことは出来なくても、目の前に差し示されてくる小さなことから、一つ一つを積み重ねていくこと。毎日を、この一瞬一瞬を大切にして、与えられた生命を無駄に過ごすことがないように。 私が出来ることに最善を尽くしてやっていくことを・・・。

 1並びのこの日は、新しい始まりにもなった。この本は、セドナに行く前に紹介されていて、買っていたけれど、ゆっくり読む時間がなくて、今になっていた。それも、私には相応しかったのでしょうね。
 この日は、途中でお茶をする暇もない感じだったので、菖蒲池の菖蒲さんたちに(アイリスの虹の女神に)光を送って、御挨拶だけしておいた。(いつもは、この池の前の御茶屋さんに寄ってました。^^) ・・・この次は、またゆっくりさせて頂きますね♪

 あと数分あったので、いつもの維新の庵のお店で、梅ヶ谷餅だけ買って行こうとしたら、お茶を出してくれて、中にどうぞとまで言ってもらった。神様も気を遣って下さったのですね。何から何まで感謝です。(^^)

 無駄がないように、時間は大切にした方が良いと思うけれど、急いだり焦ったりすると、心に余裕がなくなって、見るべきものが見えなかったり、気付かなくなったりする。そのバランスを取るようにすることと、その時の流れに乗るということも、意識しておいたほうが良いですね。

 この日は、柾至にもうれしいことがあったようで、かなりウキウキしながら、帰ってきた。担任の先生から、「最近すごく頑張っているね。努力しているのが、良くわかる。他の先生たちも、みんな同じことを言ってたよ。このまま頑張ってね。・・・」という感じで、声を掛けてもらったらしい。
 ちょうど中間テストが終わったところで、自分から朝の補習を受けることを決めていたところだった。彼のクラスだけ、授業が終わった後で毎日補習授業があった。それだけでも大変かもと思っていたけど、朝の補習も受けたいという。これは希望者だけなので、1年のクラスでは彼の友人と二人だけで、後は2年と3年が数人ぐらいらしい。今度からは、英検の勉強をするのだそうだ。次は、難関の準一級を目指しているところ。(早速、この日の翌日から早起きして行っている。お弁当作りも忘れずに。^^) 
 同時に、意識が変わっているところが、本当におもしろい。その燃えている彼の姿を見て、私もまた刺激されるのでした。(イエイ!)

 完璧になってから、やろうとしなくても良いのですね。そうすると、いつまでも何も出来ないから。(笑) 未熟なのは当たり前。私たちは、みんな発展途上状態で、そこから一歩ずつ成長するために、この世に来ているのだから。 
 自分磨きをしながら、その時にやれることをやっていく。これまでのことは、これまで。過去を振り返っているだけでは、前に進めない。気付いた時点で、変えていくこと。
 私も、どんどん磨きながら、内なる光を広げていきます☆
 
 ” 「悟りとは自分がわかることではなくて、人を分からせることをいうんだよ。徹底して他者のために動くことさ。」

 ” 出家して欲を断つのではなく、欲はあるのが人間なのだから、それをどうバランスをとって、自分だけのためでなく、人のため、社会のために どれだけ役立たせられるかが大切 ”

 ” 自分の家族を守り、子どもをまともに育てるほど大変な修行は この世にありません。・・・新時代の救世者とは、そうして普通人でありながら、どこまでもその欲に打ち勝って進み、行動で人類と地球への深い愛を実践する人・・・ ”

 著書の中で、S先生の基本的な指針をわかりやすく説いて下さっているので、ここでも紹介させて頂きますね。(こちらへ

 S先生が、聖なる働きをされて周っているときには、動物が遣わされて出てきたり、車のナンバープレートが揃ったり、良く虹が現れたりするのだそうです。そうして、周りの人が気付かない虹や現象に、すぐに気付くことが出来るのは、つねに覚醒している意識に呼ばれているからだとありました。
 S先生は七色の虹の輝き(オーラ)を放った人であり、虹というのは宇宙創造神の光であるとも。

 今回のセドナの旅で、多くの虹を見せて頂いたことに、改めて感謝しました。その意味を受け止めて、あの素晴らしい虹と同じ輝きを放てるように・・・☆